泉宜秀君プロフィール

 泉 宜秀(享年25歳・東京都立川市)

  いずみよしひで

昭和49年(1974年)4月4日、愛媛県に生まれる
    ろう両親とろうの姉のもとで生まれ育った
家族住所:大阪府和泉市

星座:牡羊座
血液型:A型
ニックネーム:よしくん
父:等(ひとし)
母:千年(ちとせ)
姉:裕子(ゆうこ)

【ろう学校】

昭和54年4月 大阪府立堺聾学校幼稚部入園
昭和56年3月  同上 幼稚部卒園
昭和62年3月  同上 小学部卒業
平成2年3月  同上 中学部卒業
平成5年3月  同上 高等部普通科卒業

【ろう学校を卒業後】

平成5年 美津濃株式会社入社
平成6年 同上 退社
     米国を視察旅行(3ヶ月)
平成7年 米国・ギャローデット大学ELIに留学(半年)
平成8年 CS衛星放送
平成9年 国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所の福田研究室
      (手話の言語的構造を研究)
     手話寺小屋講師(株式会社ワールドパイオニア)     
平成10年 ろう者専門の喫茶店「デフトピア」店長(4月〜10月)
     埼玉福祉専門学校非常勤講師

【ろう文化・手話関連】

平成4年 第3回デフ・ファミリーの集いに実行委員として参加
     ろう先人としての米内山明宏氏らに会い、感銘を受ける
平成6年 Dプロ初代会長、槙敏彦氏宅を訪問、米国留学、将来のことを相談
     その後、米国へ視察旅行
平成7年 デフ・ショックを創立、初代代表
平成9年 Dプロ・ろう者学研究センター手話教授法チームメンバー
     Dプロ・ろう者学研究センター手話文学チームメンバー
平成11年 ろうの子ども達のためのフリースクール「龍の子学園」専任スタッフ

【デフ・ショックでの活動内容】

代表(平成7年4月〜平成8年3月)
4月 結成総会
   記念講演「ろう文化って何?」講師;木村晴美
12月 デフ・クリスマスパーティ
   ボーリング場を貸切にし、ろう文化を随所で見せる
その他、カルチャークラスを実施、ろう文化の存在を広くPRした

【テレビ・ビデオ関連】

CS衛星放送にレギュラー出演
NHK教育テレビ「みんなの手話」の会話スキットにレギュラー出演
NHK教育テレビ「みんなの手話」テキストの手話モデル
ビクター手話教材ビデオ「視覚言語『日本手話』を話そう」
    (監修・社団法人東京都聴覚障害者連盟)に出演
サインファクトリー「手話ジャーナル」に出演
JBS(日本福祉放送)の「がんばろうBOX」に出演
大澤豊・米内山明宏共同監督作品、映画「アイラブユー」に出演(遺作)

【発表論文】

  1. 「聾者間の対話での手話を材料にした日本手話研究用データデースの試作」
    福田友美子・木村晴美・市田泰弘・福島和子・泉 宜秀・関根智美・鈴木和子・中嶋直子・春日井中・乗松秀暢(日本電子情報通信学会音声研究会,1998.3月)

  2. 「『連続手話中での単語』の手指動作表現--聾者間の対話の日本手話を対象とした研究」
     福田友美子・木村晴美・市田泰弘・福島和子・泉 宜秀・関根智美・鈴木和子・中嶋直子・春日井中・乗松秀暢(日本電子情報通信学会音声研究会,1998.3月)

  3. 「日本手話の複合語形成における動きの弱化と消失」
     乗松秀暢・市田泰弘・泉 宜秀・福島和子・関根智美・福田友美子・木村晴美・鈴木和子・近藤和歌子・春日井 中・中嶋直子(日本手話学会第24回予稿集、1998年8月)

  4. 「聾者間の対話の日本手話での使用単語」
     赤堀仁美・福島和子・関根智美・泉 宜秀・福田友美子・木村晴美・市田泰弘・鈴木和子・春日井 中・近藤和歌子・乗松秀暢(日本手話学会第24回予稿集、1998年8月)

【スポーツ】

甲府マラソン(中1)(優勝)
全国身体障害者スポーツ大会(山形) 800M・1,500M(優勝)
三校交流マラソン大会(高3) 10K(優勝)
近畿ろうあ陸上大会 800M・1,500M(優勝)
陸上のほか、バレーボールの選手、趣味としてのサーフィンなど

【泉宜秀君の描いていた将来】

  • フルマラソンで入賞したことのある姉の裕子さんと一緒にマラソン出場するために身体を鍛えていた。

  • トライアスロンへの出場を決め、バイクを購入、プールにも通いはじめ、身体づくりを始めていた。

  • ろうの子ども達のためのフリースクール「龍の子学園」のスタッフ活動を通じて、口話主義、聴者主導の教育のあり方等、従来のろう教育を抜本的に変え、新しいろう教育のあり方を広く世に問うためには、自分も教育学を学び、実践としての教員免許が必要だと痛感し、働きながら、夜間大学に入ることを決意、推薦書を書いてもらうよう知人に頼んでいた。

  • 家庭教師(小学4年と6年生のろう児)の仕事も9月から始まる予定だった。ろうの子ども達に手話でいろいろな事を教えてあげたい、と意気込んでいた。

  • JBS(日本福祉放送)の「がんばろうBOX」に復帰して、ろう文化の存在を大勢の人に認識してもらう活動を始める予定だった。

  • ビデオ教材作成会社、サインファクトリーでビデオ製作・編集の仕事を始める予定だった。

  • 海外で実施された「デフ・クルーシング・パーティ」の日本版の実現を夢見ていた。

  • 思う存分に活動をした後、残る余生でやりたいことはログハウスを建てること。これが一番の大きな夢だった。ログハウスの専門書を毎月欠かさず購入し、ノートに設計図を書き込んでいた。

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更新日時 : 2006/08/24 14:23:50 +0900

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